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はだしのゲン 作者 中沢啓治さん 本当に描きたかった最終回はいったい

はだしのゲン 作者の中沢啓治さんが肺がんのため亡くなりました。
73歳でした。
heiwakouen

自身の被爆体験を伝えるために、漫画という媒体を選び
日本だけでなく、海外にも原爆の恐ろしさが伝わって行きました。

作者がいなくなっても、作品は永遠に残ります

近年は漫画を書くことは辞めて、違う形での活動
被曝の体験者の語り部として、戦争を恐ろしさを
子どもたちなどに伝える活動に専念していました。

でも自身は、肺がんを患うまでは、毎年8月6日 広島原爆投下の日
その日に行われる 平和記念式典にはずっと出席できなったんですね。

自分の体験をあまりにハッキリと思い出してしまうのが怖かったのだそうです。
しかし、昨年 戦争・原爆の悲惨さをより伝えるために出席して反戦を訴えられたようです。
自身の運命を感じ取っていたからでしょうか。

はだしのゲンの最終回は

はだしのゲンの最終回は、漫画 と アニメ
実写版だと映画とドラマ とかいろいろあります。

ただやはり、一番オリジナルと言う意味では、漫画でしょうね。

漫画はいま複数の出版社から出ていてちょっとわかりにくいです。
わずかに編集が違うのみなので、どこのを読んでも
基本的に同じです。

きちんととっておくべき作品ですから
愛蔵版がそれに一番適していますね。

ちなみに最終回は
ゲンが中学を卒業して汽車に乗って東京へ旅立つシーンです。

もし子供に見せるならDVDのほうがいいかもしれません。
凄くインパクトが残ることは間違い無いです。

こちらは、ゲン、隆太、むすび、勝子が笑いながら歩いているシーンが最後。

はだしのゲンの第二部では何を

はだしのゲン 中沢啓治さんとしては本当は
第二部として、東京へ行ってからを描きたかった。
実際に準備までされていたようです。

そこで何を伝えたかったのでしょうか。
テレビで見たのですが
小学生への講演で「戦争だけは絶対にするな」を繰り返し訴えていました。

戦争のない世界、自分が体験した悲惨なことが二度と起こらない世界の実現
これが全世界へに発信したかった描きたかった最終回ではないのかと思いを馳せました。


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2012年12月29日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:社会

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